ブルース・トーマス氏ご挨拶

私が池口定男さんと初めてお会いしたのは1987年のことで、アデレードタウンホールで開かれる展覧会を翌年にひかえてアデレードにおいでになったときでした。
この展覧会は、オーストラリア建国200年祭の一環として、サウスオーストラリアの首都アデレードにおいて催されるものでした。 

 

池口さんは、ポスター等の制作、テレビコマーシャルのために打掛をサンプルとして持参されました。
それを見せていただいたとき、この展覧会の成功とアデレード市民の大きな関心を呼ぶことを直感しました。
日本の織物の独自性と、照明のもとで輝く素晴らしい鮮やかな色彩、近代的なものを伝統的な織物で醸し出すということに対して、私は非常に驚きました。

また、世界的にも注目されることを感じずにはいられませんでした。

 

オーストラリアでは有料の展覧会は難しいのですが、それにもかかわらず1988年5月から6月にかけて行われた展覧会では、何千人ものあらゆる職業の来場者が佐波理を見て、讃辞の声をあげました。
この展覧会の成果が、後の京都での南オーストラリア&佐波理フェアー、そして1993年に再びアデレードで催された佐波理パーティーキモノショーへとつながっていきました。
その間、私は豪日協会の会長の職にあり、定期的に訪日しておりました。
そのたびに、オーストラリアの若いビジネスマンたちを連れて池口さんの会社を訪れていました。
そこで彼の最新デザインの一連作品を見ることができ、その芸術性を通して我々の関係が深くなっていくことを感じました。

 

オーストラリアでオリンピックが開催される2000年、わが国で3回目の展覧会「佐波理アート展」が開催されることをたいへんうれしく思います。
そしてアデレードを皮切りにサウスオーストラリア各地で開催されるこの展覧会が、さらなるオーストラリアと日本の文化交流を促すものと信じています。

 

ブルース・トーマス(1933〜2000)

 

2000年4月から12月にかけて
オーストラリアでの「佐波理アート展」に際し賜った言葉